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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)3228号 判決 2000年7月28日

控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人」という。)(原告) 京都中央信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 井上博隆

同 長野浩三

<外6名>

被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)(被告) 株式会社a・Y1店

右代表者代表取締役 Y2

被控訴人(被告) Y2

右両名訴訟代理人弁護士 植松繁一

同 鈴木治一

主文

一  本件控訴及び当審における請求の拡張に基づき原判決主文二項を次のとおり変更する。

被控訴人株式会社a・Y1店は控訴人に対し、金8,000万円及びこれに対する平成8年8月21日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員を支払え。

二  控訴人のその余の本件控訴及び被控訴人株式会社a・Y1店の本件附帯控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、附帯控訴費用は被控訴人株式会社a・Y1店の負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じ、これを10分し、その4を被控訴人株式会社a・Y1店の、その余を控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決主文二、三項を次のとおり変更する。

(一) 被控訴人株式会社a・Y1店(以下「被控訴人Y1店」という。)は控訴人に対し、金8,000万円及びこれに対する平成8年8月21日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員を支払え(なお、控訴人は当審において請求金額を2,000万円から8,000万円に拡張した。)。

(二) 控訴人と被控訴人Y1店間で、株式会社bから被控訴人Y1店に対し、平成7年8月15日になされた原判決別紙債権目録記載の各債権の譲渡、右同日なされた原判決別紙動産目録記載の各動産の譲渡及び同月8日なされた原判決別紙商標権目録1記載の商標権の譲渡をいずれも取り消す。

(三)(1) 控訴人と被控訴人Y2間で、株式会社bから被控訴人Y2に対し、平成7年7月19日になされた原判決別紙商標権目録2記載番号(3)の商標権の譲渡及び同月11日になされた同目録2記載番号(6)の商標権の譲渡をいずれも取り消す。

(2) 控訴人と被控訴人Y2との間で、Bから被控訴人Y2に対し、平成7年7月25日になされた原判決別紙商標権目録2記載番号(1)・(4)及び(5)の各商標権の譲渡並びに同年9月6日になされた同目録2記載番号(2)の商標権の譲渡をいずれも取り消す。

(四) 被控訴人Y1店は控訴人に対し、原判決別紙動産目録記載の各動産を引き渡せ。

(五) 被控訴人Y1店は、原判決別紙通知一覧表記載のとおり、原判決別紙債権目録記載の各債権につき、各第三債務者に対し、株式会社bから被控訴人Y1店への債権譲渡が右(二)により詐害行為として取り消された旨の通知をせよ。

(六) 被控訴人Y1店は、原判決別紙商標権目録1記載の商標権につき、原判決別紙登録目録1記載の商標登録の抹消登録手続きをせよ。

(七) 被控訴人Y2は、原判決別紙商標権目録2記載番号(1)ないし(6)の各商標権につき、それぞれの番号に対応する原判決別紙登録目録2記載番号(1)ないし(6)の各商標登録の抹消登録手続きをせよ。

2  被控訴人Y1店の本件附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被控訴人Y1店

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決中、被控訴人Y1店の敗訴部分を取り消す。

3  控訴人の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審ともに控訴人の負担とする。

三  被控訴人Y2

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一1  本件は、京都の老舗和菓子屋であった株式会社a(平成9年4月28日、株式会社bと商号を変更。以下「a社」という。)が、控訴人に対する巨額債務のため経営が行き詰まり、営業を廃止するに当たり、和菓子の製造販売に関する営業用財産や商標権等を被控訴人Y1店らに譲渡したことについて、控訴人が①法人格否認の法理に基づき、被控訴人Y1店に対し、a社の債務の履行を求め(内金8,000万円の請求。なお、原審では2,000万円の請求であったが当審で請求を拡張した。)、②詐害行為取消権に基づき、右営業用財産や商標権等の譲渡行為の取消しを求めた事案である。

2  原判決は「①a社と被控訴人Y1店との営業用財産等の譲渡(以下「本件財産譲渡」という。)は、控訴人からの請求や強制執行を免れるため、別人格の被控訴人Y1店を利用したものであり、会社制度の濫用に当たるから、法人格否認の法理により、被控訴人Y1店は信義則上控訴人に対し、本件財産譲渡に関する限り、a社と別人格であることを主張できず、a社と同一の責任を負わなければならない。②a社及びBは、他に資産を有しないにもかかわらず、被控訴人らに対し、営業用財産や商標権等の譲渡行為を行ったのであるから、譲渡の目的が正当であったとはいえず、詐害行為に該当するが、控訴人は右営業用財産等の譲渡が行われたことを知りながら譲渡代金からa社に対する債権を回収してきたのであるから、詐害行為取消権の第三者に及ぼす影響の大きさをも考慮すると、控訴人が詐害行為取消権を行使することは信義則に照らして許されない。」旨判断して、法人格否認の法理に基づき、被控訴人Y1店に対し、譲渡された財産の価格から既払額を控除した限度で、a社の控訴人に対する債務の履行を命じたが、被控訴人らに対する詐害行為取消権の行使は認めなかった。

3  原判決に対し、控訴人が本件控訴に及び、被控訴人Y1店が本件附帯控訴に及んだ。

二  前提となるべき事実、争点についての当事者の主張等は、原判決の事実及び理由二記載のとおりであるからこれを引用する(ただし、本件各当事者に関係する部分以外を除く。)。

三  控訴人の控訴理由の要旨

1(一)  原判決は、a社と被控訴人Y1店間の本件財産譲渡を財産譲渡と称し、その対価の限度でしか責任の追求を認めない。しかし、右判断は誤りである。

(二)  本件財産譲渡は、a社が控訴人に対する7億円を超える債務を不正に免れようとして、暖簾を含めた和菓子製造販売の営業体の全てを被控訴人Y1店に譲渡したものであるから、その実質は営業譲渡に当たる。

(三)(1)  控訴人に対する既存債務さえなければ、右営業体が多大の利益をもたらすものであったことは、a社の従前の決算報告書や、本件財産譲渡がなされた後に、被控訴人Y1店の実質的利益が大幅に増加していることから容易に裏付けられる。

(2) したがって、本件財産譲渡の対象となった営業体は、年間数千万円の利益を捻出できる極めて価値の高いものであったことが明らかである。

(3) そうすると、本件財産譲渡により、控訴人の責任追及を妨げ、被控訴人Y1店が利益を得たのが本件財産譲渡の対価の限度に止まる旨判示して、右限度でのみ被控訴人Y1店に対する責任追求を認めた原判決には重大な事実誤認がある。

(四)  そもそも、原判決が述べるように、控訴人が被控訴人Y1店に対して責任追求できる範囲が、本件財産譲渡の対価に限定されるのであれば、債権者代位権による場合と差がなく、法人格否認を認める意味がない。

(五)  前記のとおり、本件財産譲渡の対象となった営業体の価値は極めて高く、被控訴人Y1店はその全てを承継し、実質的にa社そのものを承継しているのであるから、法人格否認の法理によって、被控訴人Y1店はa社が控訴人に対して負う債務の全てに連帯して責任を負わなければならない。

2(一)  原判決は、a社あるいはBと被控訴人ら間の営業用財産や商標権等の譲渡行為が詐害行為に該当する旨認定しながら、控訴人が詐害行為取消権を行使することは信義則に反して許されない旨判断する。

(二)  しかし、控訴人が右譲渡行為を容認したことなどなく、被控訴人Y1店から任意に弁済を受けたというのであれば格別、単に振り込まれた預金を相殺したというだけの事実から、詐害行為取消権の行使が信義則に反するというのは不当である。

(三)  原判決は、詐害行為取消権が行使された場合の第三者に対する影響の大きさを、取消が許されない理由の一つとして掲げるが、右第三者に被控訴人Y1店が含まれないことはいうまでもなく、a社の取引先をさすのであれば、これらの者は強制執行において、債権額に応じた配当を受け得るに過ぎないから、特段の配慮を要するとは認められない。その意味するところは不明であり、取消が許されないという根拠にはならない。

(四)  したがって、被控訴人Y1店、被控訴人Y2に対する詐害行為取消権の行使が認められるべきである。

四  被控訴人Y1店の附帯控訴理由の要旨

1(一)  原判決は被控訴人Y1店とa社との間に法人格否認の法理を適用した。しかし、右判断は誤りである。

(二)  法人格否認の法理は、それぞれ個別に社会活動を行う法人の独立性を否認するものであるから、その判断は慎重になされなければならず、法人格を否認される者に債権者や外部株主など利益を害される第三者がいる場合には適用されるべきではない。

(三)  原判決は「Bがa社に対して清算手続を行わず、その営業用財産や商標権等に対する控訴人の責任追及を免れさせて、被控訴人Y1店にa社の営業を引き継がせた。」旨認定し、会社制度の濫用に当たるものと判断して、法人格否認の法理を適用する。

(1) しかし、原判決が責任追及を免れさせたと認定した財産、即ち、本件財産譲渡の対象財産は控訴人が責任追及できる性格のものではない。

これらの財産は、仮に、a社が控訴人から追加融資を断られ、事業の継続が不可能になった平成7年8月の時点で事業を閉鎖して、自己破産の申立を行っていれば、無価値となっていたものである。

被控訴人Y1店は交換価値の全くない財産にまで対価をつけて、a社から買い受け、その結果、控訴人は月々100万円の債権回収を行うことが可能になったのであるから、本件財産譲渡により、控訴人の責任追及を免れたなどといえないことが明らかである。

(2) a社は、右のように、控訴人から融資等の協力を打ち切られ、破産必至となった段階で、その財産を最も有効に生かし得る被控訴人Y1店に財産を譲渡して、債権者に対し破産よりも有利な配当の実現を図ったのである。右処理は、法的手続である破産手続等に比べ、被控訴人Y1店のみならず、債権者にとっても有利な任意整理の趣旨で行われたものであって、会社制度の濫用等の目的で行われたものではない。

(3) 原判決は、a社が清算手続を取らなかったことを強調するが、仮に清算手続を取ったとしても、本件財産譲渡における譲渡財産の譲渡先は被控訴人Y1店以外には考えられないところ、それらの価格評価についても簿価あるいは鑑定評価をもとにした適正なものであるから、この点を捉えて会社制度の濫用に当たるということはできない。

(4) 以上のとおり、原判決には事実誤認がある。

2(一)  原判決は「a社あるいはBから被控訴人らに対し、営業用財産や商標権等の譲渡を行ったことが詐害行為に該当する。」旨判断する。しかし、右判断も誤りである。

(二)  営業用財産や商標権等の譲渡は、一般市場で換価不可能なものを、前記のとおり、簿価あるいは鑑定評価に基づき購入したものであって、a社に有利な内容となっている。

仮に、これを営業体として評価するとしても、a社は営業利益を計上できない会社であったから、譲渡価格が不適切であるとはいえない。

したがって、被控訴人らが債権回収を妨害する目的を持っていたとはいえない。

(三)  本件財産譲渡は、a社が有用の資に当てる目的から、相当の対価で、その資産を売却したものであり、このような場合、正当な処分行為として詐害行為に該当しないことは、既に最高裁の判例が認めるところである。

(四)  控訴人は本件財産譲渡の代金が振り込まれた口座から、右代金と分かりながら相殺によりa社に対する債権の回収を行っている。右行為は、本件財産譲渡が有効であることを前提とするもので、詐害行為に該当して無効と主張することと矛盾する。

(五)  以上のとおり、本件財産譲渡は詐害行為に該当せず、また、仮に詐害行為に該当するとしても、控訴人がその取消しを主張することは信義則に反するから許されない。

3  予備的抗弁

被控訴人Y1店は、原判決後も本件営業譲渡代金の支払いを続けており、右既払金額は平成12年2月14日現在で6,200万円にのぼる。

したがって、仮に控訴人の被控訴人Y1店に対する請求が認められるとしても、認容金額から右既払金が控除されなければならない。

第三当裁判所の判断

一  争点判断の前提となるべき事実関係は、原判決の事実及び理由三1(一)記載のとおりであるからこれを引用する。

二  被控訴人Y1店が、a社との別人格性を主張して、債務を免れることが許されないこと。

1(一)  a社と被控訴人Y1店は、役員構成・株主構成等をほぼ同一にする、いずれも亡BらB一族の同族会社と評価すべきものである。

(二)  被控訴人Y1店は、その商号やパンフレットにおける記載、設立の経緯等からも明らかなとおり、京都の老舗和菓子店として著名なa社の信用等をその存立の基盤にしていた。

(三)  a社と被控訴人Y1店との間には、以上のような密接な関連があったものの、本件財産譲渡以前には、前者は和菓子の製造・販売を、後者は菓子の販売及び飲食店業を分担するなど、主たる活動分野を異にしていた。しかも、両社には財産の混同等の事実は認められず、従業員も経理担当者が共通であったほかは別個独立であったので、被控訴人Y1店がa社の一営業部門に過ぎないとか、両者が実質的に同一法人であるなどといえる状況にはなかった。

2(一)(1) ところで、本件財産譲渡は、a社の累積債務が巨額化し、主要取引金融機関である控訴人からも今後の支援を断られ、a社が倒産を免れない状況となり、a社が倒産すれば、被控訴人Y1店も主力商品の納入が途絶えて連鎖倒産の危険に曝されることから、企業としての生き残り策として行われたものと認められる。

(2) なお、控訴人は「a社への支援を打ち切ったのは、a社が本件財産譲渡を行ったことを知ったからである。」旨主張し、右主張に沿う担当者の陳述書(甲102)を提出する。

しかし、控訴人はa社等が支援を要請して提出した再建案(甲31)に返答を与えず、しかも、a社への融資残高が巨額にのぼっていたため、その一括返済を求めるようになっていたのであり、これらの事実に照らすと、控訴人から「平成7年7月末に行う、600万円を最後にこれ以上の融資をできない旨言い渡された。」旨の被控訴人Y2の陳述内容(乙112)は合理的なもので信用ができ、これに反する前記担当者の陳述内容は容易に信用できない。

そして、本件財産譲渡がなされた時期等併せ考えれば、右融資の打ち切りが、本件財産譲渡につながったと考えるのが自然である。

(二)  本件財産譲渡は、a社が有する菓子製造・販売に関する物的設備等の財産譲渡の形式が採られている。しかし、職人らのほぼ全員が被控訴人Y1店に再雇用され、主要商品の商標権も、被控訴人Y1店や、その代表者である被控訴人Y2に対して併せ譲渡されている。これらによって、a社が従来製造販売していた商品や、その社会的評価等一切が、a社から被控訴人Y1店へと実質的に承継されたものと認められるから、本件財産譲渡は営業譲渡に該当する。

(三)  被控訴人Y1店は「本件財産譲渡は営業譲渡に該当しない。」旨主張する。

しかし、被控訴人Y1店が本件財産譲渡を受けた目的は、前記のとおり、a社が生産する商品の確保等にあったものであり、そのためには単なる物的設備等の承継に止まらず、和菓子の製造販売に関する営業全体を譲り受ける必要がある。

そうすると、本件財産譲渡は右営業全体の譲り受けを目的としたもので、実質的には営業譲渡に該当するものと認められるから、被控訴人Y1店の主張には理由がない。

3  しかも、a社は本件財産譲渡の結果、その業務を被控訴人Y1店に引き継がせる一方、自らは営業を廃止し、本件財産譲渡の残代金債権等のみを管理する会社となっており、被控訴人Y1店は実質的にa社そのものを吸収したものと評価できる。

4(一)  以上のとおり、被控訴人Y1店は本件財産譲渡により、実質的に企業体としてのa社自体を承継したものと認められるから、正規に合併手続がとられた場合や、営業譲渡がなされて商号が続用される場合(商法26条1項)などとの均衡に照らしても、被控訴人Y1店がa社との別人格性を主張し、その債務の承継のみを否定することは信義則に反し、許されるものではない。

(二)  被控訴人Y1店は「京都信用金庫などの既存の債権者がおり、仮に法人格否認の法理が適用されることになれば、右債権者や第三者株主の権利が害されることが明らかであるから、法人格否認の法理は適用されるべきでない。」旨主張する。

しかし、a社と被控訴人Y1店は、前記のとおり、元々、企業として相互依存関係にあり、一方のみでは成り立ち得なかったのであるから、前記のとおり、a社が実質的に被控訴人Y1店に吸収され、それによって得られる価値が後記のとおり相当大きなものと認められる以上、a社の債権者である控訴人が、被控訴人Y1店に対し、その債権を主張することが、少なくとも本訴で請求している限度では、他の債権者らとの関係でも実質的に不当であるとはいえない。また、同様の状況は吸収合併や、商号続用に伴う営業譲渡の場合にも生じることであるから、他の債権者が異議を唱えるのであれば格別、被控訴人Y1店が控訴人に対し、債務の承継を拒む理由とはなり得ない。

(三)  被控訴人Y1店は「本件財産譲渡はa社の倒産に際し、任意整理の趣旨で行ったもので、むしろ、控訴人に対して有利な内容となっており、会社制度の濫用には当たらないので、法人格否認の法理は適用されるべきでない。」旨主張する。

(1) しかし、①a社は本件財産譲渡前に債権者たる控訴人の承諾を得る努力をしていないばかりか、②本件財産譲渡の内容について、平成8年5月10日まで控訴人に対して知らせておらず(甲12のファックスに記載された日時、弁論の全趣旨)、③また、和菓子の商標権についても、控訴人に対して債務を負うBから、債務を負わない被控訴人Y2に譲渡するなどしており、これらの事実に照らすと、本件財産譲渡が控訴人からの責任追及を免れる目的であったことも否定できない。

(2) 被控訴人Y1店は「本件財産譲渡の対象財産が、控訴人の責任追及の対象となり得る財産には該当しない。」旨主張する。

しかし、前記のとおり、本件財産譲渡の対象は実質的にみて企業体としてのa社そのものであり、その生産する商品としての和菓子やこれに対する社会的評価、顧客関係等は極めて価値の高いものである。控訴人が、担保権を取得した不動産の担保価値はもとより、右企業体としてのa社の収益力に着目して巨額の融資を継続してきたことは明らかであるから、たとえa社が倒産の危機に瀕していたからといって、被控訴人Y1店が控訴人の信用付与の基礎となった右財産を控訴人に無断で取得してその利益のみに浴することが許されるものではない。

(3) 被控訴人Y1店は「本件財産譲渡は簿価及び商標権に対する鑑定評価に基づく適正なものである。」旨主張する。

しかし、被控訴人Y1店がa社との間で本件財産譲渡を行った目的は、a社の商品等の供給を閉ざさないことにあったから、商品等への評価を含めた営業権としての評価がされるべきであり、簿価や商標権の鑑定評価等では適切な評価とはいえず、本件財産譲渡が適正な価格評価のもとに行われたもので、控訴人に対して損害を与えるものではない旨の主張は採用できない。

(4) 確かに、a社が巨額の債務を抱えて経営破綻に至った原因は、控訴人の勧めに応じての余分な不動産を購入したこと等にあり、しかも、本件財産譲渡に至った直接の原因は、控訴人から支援を打ち切られたことにある。しかし、右不動産の購入は、最終的にはBがその経営判断で行ったものといわざるを得ず、控訴人に対して法的責任を問い得るものではないし、控訴人が支援の打ち切りを申し渡したのも、既存債務が膨大なものとなっていた点を考慮すると、やむを得ないものということができる。

そうすると、これらの事情が、被控訴人Y1店が控訴人の承諾を得ず、かつ、法的手続もとらずに企業体としてのa社を吸収して、控訴人の犠牲のもとその持つ価値を取得することを正当化し得るものではない。

(5) 以上の次第で、被控訴人Y1店が本件財産譲渡にもかかわらず、a社との同一性を否定して、その債務に対する責任を否定することは会社制度の濫用と評価せざるを得ない。

5  そして、控訴人がa社に対し、債務の履行を求めることが権利の濫用等に該当するとはいえないことは、原判決の事実及び理由三3に記載されたとおりであるからこれを引用する。

6  そうすると、被控訴人Y1店はa社の控訴人に対する債務を承継したものといわざるを得ない。

したがって、本件財産譲渡に伴う対価として支払われたものから、控訴人が相殺によって受領したものを差し引いても、債務金額が請求金額を上回っていることが明らかであるから、請求金額全額の請求を拒むことはできない。

三  控訴人による詐害行為取消権の行使が許されないこと

1  前記のとおり、被控訴人Y1店はa社の債権者に対する関係では別人格であることを主張できず、両者は一体のものと評価されるべきであるから、その間でなされた本件財産譲渡によって債権者が害されるとはいえない。しかも、本件の場合、法人格否認の根拠は右財産譲渡にあり、控訴人はこれを根拠に法人格の否認を主張して債務の履行を求めながら、他方で、その取消を主張することは矛盾しており許されない。

2  被控訴人Y2に対する商標権の譲渡も、a社の債権者が被控訴人Y1店に責任の追及を行える限り、債権者を害するものとは認めがたい。そもそも、右商標権が価値を持つのは商品の生産と結びつくことによってであり、商標権のみの譲渡の取消を求めることは実益にも乏しく、権利の濫用にも当たり許されない。

四  結論

以上のとおり、控訴人が被控訴人Y1店に法人格否認を根拠にa社の債務履行を求めた点には理由があるから、これと結論を異にする原判決の該当部分を変更することにするが、控訴人のその余の本件控訴、被控訴人Y1店の附帯控訴は理由がないのでいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 和田真)

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